私が小学生だった当時の先生は個性的な人が多かったように思います。

    頭がぴかぴか光っていた先生は、子供たちにぬか袋を家から持ってこさせて廊下をぴかぴかに磨かせました。私のクラスの教室の前の廊下だけ光っていました。昔は木造で廊下も板張りでした。

    我が家では米ぬかが無いのでわざわざ買いに行き、晒し木綿も買ってきて母がぬか袋を作ってくれました。母たちもよくそんなものをつくってくれたものだと感心します。

    ぴかぴか頭の先生は給食を食べる時も パンを一口残しておいて、最後におかずの皿をパンで拭き取って食べるように指示しました。クラス全員がそれを守っていました。

    だけど、担任が変ったら全くそのようなことはやらなくなりました。どうせなら学校全体でやったらぴっかぴかな学校になったと思います。

    次の担任の先生はとっても厳しくて、宿題を忘れたり教科書を忘れたりすると体罰をさせる先生でした。いちばん辛かった体罰は教室の後ろのほうで腕立て状態で(伏せはない)1時間授業を受けることでした。受けるといったって授業なんて聞けませんよ、やらされている子供は苦しくてうんうん唸っていましたので 勉強するどころではありませんでした。

    体罰は嫌なんだけど 忘れ物をしたり宿題を忘れたりしてしまうんですよね、あほだから。その先生は宿題を山ほど出すのでみんなついていけなくて大変でした。まぁきちんとやっていく優等生もいることはいましたけど。

    私はある日学校から帰って、水疱瘡で休んでいた友達と遊んだんですが、次の日には先生にバレていて、何故水疱瘡で休んでいる子と遊んだのかって怒られて引っぱたかれ突き飛ばされたことがありました。そんな叩かなくてもいいのにと思ったけど先生のことは嫌いになりませんでした。自分が悪いと思っていました。

    そのような苦しい体罰をさせる先生とは1年間と半分だけの付き合いで、ふつうは2年間同じ担任だったのですけど、後半のあと半年は違う先生に代わりました。その代わった先生は女の先生だったんですがあまり記憶にありません。

    生徒たちの噂によると、PTAのお母さんたちが訴えを起こし担任がはずされ、その先生は学校から追放されたという話です。追放されたというのはたぶん嘘だと思うんですけどPTAのお母さんたちが体罰を問題視していたのは確かだと思います。転勤して教育委員会のほうに行ったという話しを聞きましたが本当のところは知りません。

    私は厳しい担任は怖いけど嫌いではありませんでした。どうして急にいなくなってしまったのかと寂しいくらいの気持ちがありました。厳しくてもおもしろくて楽しかったかし、話すことは道理が通っていると子供ながら感じていました。


    担任ではなかったけど 逆に心が落ち込まされた先生がいました。

    なぜその先生のことを思い出したかと言うと、私の友達の息子さんが小学校の先生になって、せっかく憧れて先生になったのに辛くて辞めたがっているという話を聞きまして。

    小学校の先生になろうと思ったきっかけが 6年生の時の担任の先生が大好きで尊敬していて、自分もそういう先生になりたいと思ったそうなのです。

    その6年生の時の憧れをずっと胸に抱いたまま目標達成したので素晴らしいねって褒めていたんですが、現実は甘くはないのだそうです。それはそうですよね、どんな仕事でも甘くはないのです。

    母である私のその友達も6年生の時の担任が大好きで大好きで毎日のように楽しい話を聞かせてくれていました。私は楽しそうな先生はいいなぁと羨ましかったんですが、実際にその先生と関わり合う機会があった後には 私はもうその先生とは目も合わせられないくらい落ち込んでしまったんですよ。

    ちょっとしたことで先生と生徒の心は食い違って距離ができてしまいます。

    ちなみに、友達の息子さんが辞めたいと思った理由は生徒との関係が悪くなったというわけではなく、仕事の内容が激しく大変で忙しく 保護者とのいろいろがあったり(給食費未払いのこととか、モンスターなんとかなど)、毎日夜遅くまで働いて家族との時間が取れないとか、そのようなお悩みでした。

    学校の先生が育メンで仕事をよく休む人だと、これまたPTAに嫌われやすくなりますので ほどほどにしないとどちらも困ることになります。我が息子の中学の時の担任が育メン&奥様を大事にする方で、しょっちゅう仕事を休んでおられまして、進路の大事な時でも構うことなく休んでおられましたので保護者には嫌われていました。家庭を大事にすれば仕事に支障が出るし、仕事に没頭すれば家庭生活が冷ややかになってしまう。どちらも上手くやっていくのは本当に難しいです。

    話が脱線したので どうでもよくなっちゃったかもしれませんが私が落ち込んだきっかけになった先生のお話を。

    6年生の修学旅行を前に、乗り物酔いをする子供たちが集合させられました。当時の修学旅行は日光でした。観光バスであの急なカーブの坂を登って行くという、乗り物酔いをする子供にとっては過酷なコースです。

    私は乗り物酔いがひどくて、乗り物酔いする子供はみんなそうだと思いますが バスを見ただけで既に酔って気持ち悪くなる状態でした。バスのことを考えると遠足も修学旅行も行きたくないと思うほどでしたけど エチケット袋を持参して頑張って行っていました。

    で、乗り物酔いをする子供が集められたその時、あるクラスの生徒から絶大な人気のある先生が登場しました。友達が大好きだと言っていたその担任の先生でした。

    その先生は「これから催眠術をするぞ、催眠術がかかったらもう乗り物酔いをしなくなる。言っておくが、催眠術にかからない人は頭の悪いやつだけだ、バカなヤツはかからないからな」というようなことを言いました。

    私は乗り物酔いをしなくなる催眠術?ということよりも、催眠術にかからない人はバカだ、と言われたことが気になってしまって、これは催眠術にかからないとマズイと思ってしまったんです。そう思ったせいか 全然かかりませんでした。

    目を閉じて先生の言うとおりにしたけど催眠術にかかった気がしない。隣の子供は何やらかかっているようす。私も聞こえてくる音を真似して足踏みしてみたけど、隣がどんな動きをしているのか目を閉じているので全然わからない。

    先生の「はい右に曲がるよー」という声がして、えー?右に曲がるということは体を右に傾ければいいのか、それとも左側に重心が行くのかを考えてしまい、どっちだかわからないけど左側に傾けてみましたが、たぶん、私一人逆方向になったんじゃないかと思います。右に曲がったり左に曲がったりを繰り返しました。

    催眠術が終わって目を開けたら、その先生と目が合いました。なんか異様な目つきで見られました。先生から見たら私が催眠術にかかっていないというのは一目瞭然で、「お前はバカなヤツ」と言われているような気がしてしまいました。

    先生が催眠術をしてくれたのは 修学旅行を楽しくしてあげようとの思いやりからのことなのに、私がバカなせいで乗り物酔いは治らなかった。(他の子供たちに催眠術の効果があったのかどうか、お粗末ながら検証はしていないのでわかりません)

    自分は頭の悪いバカな子供なんだ、と思い込み落ち込みました。卒業までずっと暗かったです。
    だけどその先生が担任ではなく、それ以降関わりがなかったので不登校にならずに済みました。
    6年生の時の思い出がこれです。そんなことがずっと忘れられない執念深い私です。

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