日曜の朝、のんびり寝坊して時間がずれこんでいたところへ パン作りなんかして、もっと時間がなくなってしまいまして、ブログ更新もこんな時間になってしまいました。

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    早起きすれば時間が有効に使えたのに、のんびりし過ぎてしまいました。

    早く起きないまでも いつもどおりにしていないと生活のリズムが崩れて逆に良くないし。

    「早起きは三文の徳」とはよくいったもんだ、と思います。



    ここからは 今は亡き姑の過去の話を。

    先日の、私が言ったことで姑を泣かせてしまった、という話の続きなんですが、

    ちょっと、汚い話が含まれるので 読みたくない場合にはスルーしていただければ、と思います。



    ではここからです。


    義理の父親である舅が住まいを担保に借金を残して亡くなった後、家をなくした姑は4人の子供のところへ転々としました。

    どこで暮らしても満足できないので長続きしませんでした。

    来てほしいとは言ってなかったのですが、順番どおりに我が家へもやってきました。

    我が家へ来て まず言った事が、お風呂に一番先に入りたい、子供は汚いから子供の後に入るのは嫌だ、と言いました。

    うちの子供は当時9歳かそこらだったのですが、小さい頃からお風呂に入る前には身体をきれいに洗ってから湯船に入る、ということを躾けていましたので、お風呂が汚くなる、ということはなかったのですが、姑が一番に入りたい、というので そのとおりにしました。

    姑が入った後、息子が入ったわけなんですけど、お風呂に入るやいなや「お母さーん」と息子が呼ぶので見に行くと、「お風呂に何か浮いてる」と言うのです。

    目を凝らしてよく見なくても、湯船の中に何やらいろいろ入ってるのがわかりました。とくに目立ったのはティッシュペーパーみたいなのでした。

    それを見た私はビックリしたんですけど、表情には出さないように平然として、「今日はシャワーだけにしてね」と言いお湯を抜きました。

    しばらくの間 同じ状況が続きました。毎日息子が「お母さん、何か浮いてるぅ」と叫ぶし、息子が入る前にお湯を抜くのももったいないし、 どうしたものかと思いましたが、そのうちに息子を一番先にお風呂に入れるようにしました。

    夫は帰宅が夜中で、私は夜中に駅まで迎えに行っていたので、先にお風呂に入るのは、息子と姑だけでした。

    息子がお風呂に一番先に入るようになって不満そうだったけど 姑にいちいち理由は言いませんでした。

    でも、息子の後だからって 汚いとか嫌だとは言いませんでした。そのうちに仕方ない、と思ってくれたんでしょうかね。

    夜も遅くになってから、最後にお風呂に入る私も、毎日おそるおそる確かめるようにお風呂に入っていました。

    毎日汚くなっていて とても湯船に入れる状態ではなかったんですが、ある日、汚れていない日があったんです。

    何故、この日だけ綺麗だったのか理由が知りたくて、翌日の昼間、誰もいない時に姑に聞きました。

    「昨夜 お風呂に入った時、湯船に浸からなかったんですか?」と。

    しかし、湯船に入ったと言うんです。

    その日はシャワーを使って身体をちゃんと洗ってから湯船に入った、と言ったんですよ。

    その時に私は思いました。「ちゃんとできるんじゃない」と。

    そして、姑を躾けないとダメだ、と思いまして、やさしく訴えましたよ。「これからは毎日身体を洗ってからお風呂に入ってください」って。


    その後で姑は言いました。

    我が家へ来る前に、娘(義理の姉)の家で暮らしたんですが、

    「最初は一番風呂に入らせてくれていたんだけど、そのうちに一番最後になってしまって悲しかった。旦那が帰ってくる夜中になっても入らせてもらえなかった理由がわかったわ。言ってくれたら良かったのに何故 娘なのに言ってくれなかったんだろう」

    「娘でさえ言えない事を嫁の私が言ってしまってすみませんでした」って私は言いました。

    その時は 姑は泣いたりしていなかったんですけど、自分の部屋に戻った後で泣いたんでしょうね。


    この姑はこの頃はまだ70代の前半で、自分でなんとか歩けて元気だったんですよね。

    で、便秘になるのを気にしていて、医者から液体の下剤を出してもらっていて、その液体を1滴から数滴だけ飲むように言われてるのに数滴どころかドボドボお茶にたらして飲んじゃう。(多すぎると注意しても無視)

    下剤が効きすぎて トイレが間に合わなくなるので、漏れ専用の下着パッドをつけていたんですけど、

    それでもトイレは汚れるし、着けていたパッドが廊下に落ちていたりして、世話が焼けていたんですよ。

    パッドが廊下に落ちているっていうのはですね、ゆるゆるパンツを履いてるので剥がれてしまって足の隙間から出てきてしまうんですよ。とれちゃっても本人は気づかない。

    パンツはゆるゆるでないとダメだから大きなサイズ。パジャマもゴムをゆるゆるに交換するし、靴下も新品の時からゴム部分をハサミでバッサリ全部切っちゃう。

    年をとると こんなふうになっちゃうのか、って思いました。

    そうやって世話が焼けるのに、口だけはすごいんだから。性格も悪いし。

    食費なんか1円もくれなかった。「私は1ヶ月に1万円も食べないからね」が口癖。

    病院の帰りにデパ地下に行って、何か買ってきてくれた時には、

    「自分ひとりだったら1個で済むところだけど、一緒に住んでいる家族がいると家族分買わなきゃならないから大変だ」と恩着せがましく言っていましたよ。


    この姑と別居することになった話はまたいつの日にか書きたいと思います。(いつになるかわからないけど)

     

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