「働き損」と「宝くじ」


老齢厚生年金は60歳以降も厚生年金に加入して仕事を続けた場合、在職老齢年金制度により、

一定額以上の収入があると年金がカットされ、収入が多いと全額カットされる場合があります。

年金だけでは食べていけないから働くのに カットされたんじゃ働き損になるじゃないか、と思う人もいれば、

うちの夫のように、厚生年金の加入期間が短い場合は少しでも働いて、損してでも年金を増やそう、と思う人もいます。

年金がカットされて「損する」っていう考えは捨てて、自分が年金を放棄したら、

その分、今後のためになるのだ、これからの人たちのためになるのだと、考えればいいんですけどね。

(放棄っていう言葉はちょっとふさわしくないかもしれないけど)

うちの夫はそういう考えだそうです。


このたびの、年金制度改革法案も、これからの人たちのことを考えたら仕方ないな、と思います。

ただね、世代間格差については納得するけど、他の格差や運用損などを考えると納得できなかったりするんですよね。

年金以外のお金の使い方にも納得できないから、野党に年金カット法案だと言われてしまうんじゃないかと。

格差があると 公平のように見えて公平じゃない場合がありますからね。


まだまだ社会貢献したい気持ちと、年金減額されて食べていけなくなる現実とのバランスがとれません。

食べられなくなったらあっさり死んでしまえば社会貢献できるのかしら、なんて。(悲しい)

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うちの夫は 私がめいっぱい働くことを望んでいます。

でも、今まで働いたとしても、年間100万以上は働いたことはありませんでした。(全然もっと少ないです)

転勤族の妻であったので、長期で働けるわけではありませんでしたから、ちょこっとパートを転々と、でした。

転勤がなくなり、子供が大きくなったころには、(体調不良もあり)都合のいい仕事はなかなかみつからないお年頃です。

そのような私に 働いていいんだよ、最近も なんなら106万の壁を越えたっていいんだよ、と言いました。

私は私で106万の壁を越えて働いたら、ある程度の収入にならなきゃ働き損になってしまうと思うし。

家事を分担してくれるなら考えてもいいけど、無理して働くのは嫌だなぁと思います。




ここで宝くじに触れるのは別の話かもしれないけど、(私は話が飛ぶんですよ)

宝くじは買わないと当たらないんだから買おう、と言う夫と、

どうせ当たらないんだから買うだけ無駄だ、と言う私では 相容れないものがあります。


働き損したって それはそれで社会の役に立つ、宝くじ買うのも社会の役に立つ、というのはちょっとねー、

なんか嫌だなぁとケチ臭い根性が邪魔するんですよねー。(でも、機会があれば働きたいな、とは思います)



まぁこの先 もしも夫に何か(社会の役に立て!とか)言われた時には、

借金してでもギャンブルしていた男なんだから、さんざんお金吸い取られて誰かの役に立ってきたじゃないか。

それに家族も巻き込まれて大変だったんだぞ!って皮肉ってやろうかな、と思います。



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