転勤族を終えて 地元に戻ってきたら、マイホームを購入するのが目標で、

    ほぼキャッシュで買えるように、、

    また、ローンを組んだとしても月々低い返済で5年以内の完済を、と考え、

    そのために しっかり蓄えよう、と思って暮らしていましたが、

    おもに夫にいろいろとありまして、

    私がこれまで頑張って苦労して節約してきたことは何だったんだろう?と思い、

    いろいろ悩みましたが、結局は許すことになりました。


    あの当時のままの暮らしが続いて今に至っていたら、(タラレバですが)

    今頃は目標どおり、マイホームを買っていたことでしょう。

    でも、その後も夫の実家にもいろいろなことが起こり、

    夫の母親が年老いて、更にお金がかかり、

    貯金は思うようにいかなくなりました。

    人生とは思ったとおりにはいかないものですね。

    マイホームは夢見ることもなくなりました。

    今になって感じる事は、マイホームを持つことは我が家にとっては分不相応だったのだな、ということ。

    買ったとしても維持していくためのお金がないし、立派な跡継ぎもいないわけですし。



    買っても借りても、一世帯でかかるお金は

    親から受け継いだものでなければ、それほど変わらないと思いますが、

    持ち家があれば ずっと安心できるものでもない、ということもわかってきました。

    手放すにしても、古い住宅が都合よく売れる時代でもない。


    だけど、そこには

    頑張って手に入れた達成感や充実感、社会的信用という

    目に見えないものがあるというのも確固たる事実。

    私はそれを味わいたかった。


    決して賃貸派が社会的信用がない、ということではありません。

    お金がある人で 賃貸派だという人もたくさんいますので。(ですが、それは別世界の人のこと)

    なんというか、自分の家がないというのは、根無し草のような気がしてしまうのです。


    家を持つ人の充実感や信用、 持たない人の根無し草のような感覚や劣等感、

    そのようなことは、今までも これからも ずっと続いていくんだろうな、と思います。

    たぶん、そういう目に見えないものがあるということを、

    私達は長い間、洗脳されてきたということなのかもしれません。



    じゃぁ、買っていたとしたら?

    頑張って支払い終わったら、家がもうぼろぼろで建て直さなきゃならないのに、

    そのお金もない、ということになったら?


    それはですね、

    その時になってみなければ わからないことですが、

    子供に頼んで借金して建て替えることになるのかな、と。

    子供にとっても、家を建て替えるだけの借金で済むわけなのだし。


    頑張って手に入れた家は、どんなにぼろくなっても、手がかかったとしても、

    可愛い我が子に似たような気持ちで、捨てる気にはなれないと思います。

    だから ずっと大事にするんじゃないかと。お金がかかっても。


    いよいよ維持できなくなってきたら、子供に頼ることになってしまうので、

    普段から子供とは、どうしていくべきかを話し合っていかなくちゃならないだろうと思います。


    今の時代、せっかく買った家をを手放したりすることが いちばんの損なのではないかと。

    というか、それこそが世の闇にお金を吸い取られることなのではないかと思います。



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