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    姑は4人の子供たちの家を たらい回しみたいに転々として暮らしたけど、

    「たらい回し」というわけではなく、姑が行きたいところに行きたい時に行っていた、ということなんです。


    振り返ってみると、結局は子供たちに嫌がられていたのだな、と思う。

    まるで女王様のようだったのだから 嫌がられるのは仕方ない、とは思うけど。

    なんであんなにえらそうだったのか不思議。もっと不思議なのは子供たちが逆らわなかったこと。

    母親の思う通りにできない子供たちは文句を言われるだけ言われていましたよ。

    姑は気に入らないと 自分の子供のことであっても親戚や周りの知り合いに電話や手紙で陰口を言い、

    その電話代だけでも毎月1万は超えていたし、手紙も得意で何枚もの便箋に悪口を書く。

    我が家にも悪口の手紙はいっぱい残っています。(夫は手紙を捨てません)

    嫁の私にさえも娘の悪口を電話で1時間以上延々と話していました。

    今考えると その頃の長電話は、「我が家に戻りたい」というアピールだったのかもしれないけど。



    兄弟の中で 母親に1番逆らうのが 我が夫でした。(逆らっても結局は母の思うとおりなんだけど)


    我が家で一緒に暮らしていた頃、しばらくは我慢していたけど、とうとう息子である夫が怒り出して姑と決戦した時がありました。

    老いては子に従えというけれど 従うどころではなく自分中心。自分はお金を出さずに アレ買えコレ買えって言う。

    老いた母親のお金なんかあてにはしていない息子だけど、いい加減にしろ、と思ったらしい。

    決戦の時はすごかったです。

    怒ると机をたたいて怒りをあらわす姑、最初は冷静に話していたけど 机をたたくのを真似する息子。二人で机をたたきあって大声で叫びあっていました。

    でも 結局、姑の勝ちですよ。あんなに喧嘩したのに 姑の思うとおりになりました。


    決戦の時、他の部屋に避難していた私と息子ですけど、家中に大声が聞こえていました。

    こんなに親子喧嘩する親子っているんだな、と思ったのですけど、同時に教育的に悪いなぁ、と不安になりましたよ。


    息子はですね、おばあちゃんのことが嫌いでした。ちょっとした言葉で傷つけられていました。

    義姉の子供(従兄弟)のほうが可愛いって、しょっちゅう私と息子がいる前で言ってたし。

    そういうこと言いますかね?世話になってる息子の家で。ちょっとくらいお世辞でも可愛がるんじゃないですかね、ふつうなら。

    義姉の子供のほうが可愛いなら そっちで暮らせばいいのにって思いましたけど、そっちでもトラブルがあって暮らせなくなったんですよね。

    我が家で暮らしたのは2~3年で(出て行っても時々1週間くらいの滞在はあったけど)、事あるごとに息子(我が夫)に逆らわれて(思い通りにはなってるのに) もう嫌だわ、と言って、我慢強い次女のところへ行きました。

    次女も本当は嫌なのだけど拒否することはしませんでした。


    姑が亡くなって、兄弟みんなホッとしたんじゃないかな、と思うんですが。


    このごろ、なんだか知らないけど、うちの夫がお墓参りに行きたがります。

    前はそれほど行きたがらなかったんですけど、何故だろうかと。

    私は私で姑がお墓に入ってから行きたくなくなりました。

    夫の両親しか入ってないお墓。ご先祖様でも入っていたら行く気にもなりますが。

    お墓に行って 草むしりをしてお花とお線香をあげても手を合わせる気になりません。(合わせますけどね)

    昨日までの三連休も、また行きたいと言いました。(無視したけど)

    夫が何故お墓に行きたがるようになったのか気になっています。

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